元兼業主婦の放射線対策

千葉県北西部から東京都千代田区中心に放射線の測定をおこないます。また家庭でできる放射線量低減実験を随時UPしていきます。松戸市内の木造家屋にて定点観測実施中

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二年間まるっとご無沙汰しております。

丁度二年ぶりの定点観測

単位はμSv/h、胸の高さ、GammaRAE II Rにて計測
松戸市中心部よりやや北西の 木造家屋

屋内 1階リビング        0.05-0.06
   二階寝室(子供部屋)   0.06
   二階寝室(本来の寝室) 0.06
屋外                 0.09-0.10

下のエントリーにありますように三年前の我が家の屋外の放射線量を基準として、セシウム由来のγ線の減衰率を元に1年後、2年後 、3年後、5年後、10年後、20年後、30年後の放射線量の理論値を計算しました。
今回、理論値0.149μSv/h のところ実測値0.09-0.10μSv/hとなっています。
二年前の理論値と実測値の差が0.04μSv/h、今回は0.049μSv/hですから、風雨による放射性物質の移動や土中への沈殿は原発事故から半年時点からの一年間で0.04μSv/h 相当、次の二年間で0.009μSv/h 相当にあたるかと思われます。
放射性物質の移動は年を経るごとにゆるやかになってきて、今後は理論値と実測値の差も0.049μSv/hから僅かに大きくなる程度でしょう。

我が家の近況ですが、
妖怪ウォッチにはまったり、娘がピアノコンクールで賞をいただいたり、アレルギーを発症して髪の毛を洗うのもゴム手袋だったり、家族でキャンプにはまりつつあったり、実家のイングリッシュゴールデンの体当たりを受けて肋骨にヒビがはいったり、息子がスキー&シュノーケルできるようになったり、iPhone 6 Plusが中々手に入らなかったり、中学受験にてこずったり、娘が眼鏡っ娘になったり、子供たちが毎週友達を10人位連れてきたり。塾だの公園だの習い事だの学校に忘れものだの、夕方は送り迎えに駆けずり回っています。
それから鹿児島のお家を提供してくれていた祖母がこの7月になくなり、久しぶりに鹿児島に行ってきました。

株のほうは始めて五か月後に資金が半分になったりしましたが、うまくアベノミクスに乗っかり、バイオ祭り、ゲーム祭りに参加できたので現在450%。日経平均が9000円台から16000円台まで推移しているので特別上手い訳ではなく。
元トレーダーとは思えないほど、飛びついて狼狽して塩漬けにしたりと右往左往しています。



FC2 Management
丁度一年前、「今後の放射線量の推移」をエントリーしました。
セシウム由来のγ線の減衰率を元に、1年後、2年後 、3年後、5年後、10年後、20年後、30年後の放射線量の理論値を計算しました。

今後の放射線量の推移

上記のエントリーではざっくり0.3μSv/h(自然放射線0.06μSv/h)を基準とし、放射性物質の移動を考慮せず
1年後 :0.252μSv/h
2年後 :0.217μSv/h
3年後 :0.192μSv/h
5年後 :0.166μSv/h
10年後:0.124μSv/h
20年後:0.109μSv/h
30年後:0.099μSv/h

と計算したのですが、我が家の屋外の定点観測地点で計算し直してみました。

一年前の放射線量0.222μSv/hを基準として
(2011年9月7日の値。当時はDRM-BTDで0.272μSv/hだったので自己ノイズ0.05μSv/hを減、自然放射線0.06μSv/h)

1年後 :0.190μSv/h
2年後 :0.166μSv/h
3年後 :0.149μSv/h
5年後 :0.127μSv/h
10年後:0.103μSv/h
20年後:0.093μSv/h
30年後:0.086μSv/h

理論的には0.190μSv/h のところ、実測値は0.15μSv/hとなりました。

去年の9月以降、高圧洗浄機での除染を一回しましたが、ほとんど数値の変化は見られなかった記憶があるので、
ほぼ風雨による放射性物質の移動や土中への沈殿の結果かと思われます。

1年後 :N20*0.04855(80.0%)
2年後 :N20*0.03973(65.4%)

上記の数式(凡人様計算)を元に今回の実測値で減衰率を計算し直すと、
来年の今頃はGammaRAE II Rの計測で0.136μSv/hが理論値となります。

来年の今頃は0.12台が見られるのかしら。
来年も比較のエントリーができれば、と思っています。
長女の始業式に合わせ戻ってきました。

去年の初夏に退職を決意してから四回、延べ105日間鹿児島に放射線対策として避難していたことになります。
何が正解で何が正解じゃないか、わからないけれど、私の中ではその時々に入手できる情報を吟味して自分の中での折り合いはつけられたと思っています。

今夏の鹿児島は降灰がかなりあったので、事故当初の放射性物質の移動と重ねてみていました。
物質への吸着のし易さだとか、質量だとかは置いておいて、降下物がどのような場所に集積し易いのか、家の中のどの場所に多く入り込んでくるか、が良くわかりました。
去年の三月、四月の早い段階でわかっていたら早期の除染が進んだのにと感じました。

そういえば早期にホットスポットの存在を唱えていた方の一人も某火山学者でしたね。


単位はμSv/h、胸の高さ、GammaRAE II Rにて計測
松戸市中心部よりやや北西の 木造家屋

屋内 1階リビング        0.06
   二階寝室(子供部屋)   0.10
   二階寝室(本来の寝室) 0.09
屋外                 0.15-0.16

順調に線量が下がっています。物理的(近居で工事の様なことがあった)なことも関係していそうです。


お見苦しいのですが




炎天下の鹿児島をがんがん歩いて、サンダルの跡がくっきり。
先週叔母と行ったCAINOYAのお料理がどうしてもまた食べたくて。
お子様不可&去年預けたシッターも子供達が嫌だというので、母がお弁当を頼んでくれました。

ゴザとシャンパンを持ってちょっと大きな公園に皆で。






叔母は一週間の間に三回通ったそうです。羨ましい…
鹿児島23日目。
母と叔母が先週鹿児島にやってきました。
2日に1回祖母のお見舞いに子供達を連れ、えっちらおっちら通っていたのですが、その慰労も兼ねて霧島のホテルをとってもらいました。
滞在中ずっとホテルで何もしないで子供達と私だけでのんびり。



市内に戻ってきてからは子供達を母に預けて叔母とイタリアンに。
オーナーシェフがとても意欲的で「!」が沢山の驚きに溢れたコースでした。ここ十年で一番満足した食事だったかも。
バターのジェラードと胡椒入りの泡が添えてあるヴィシソワーズとシャラン鴨が絶品でした。

http://cainoya.exblog.jp/

明日も叔母と岩牡蠣のにぎりを食べに行ってきます。
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